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福岡高等裁判所 昭和30年(う)2398号 判決

控訴人 被告人 丸塚敬治

弁護人 堤牧太 外一名

検察官 辻本修

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月以上壱年以下に処する。

原審において生じた訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人堤牧太の陳述した控訴趣意は、記録に編綴されている同弁護人並びに弁護人桑原純熙から提出の各控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

弁護人桑原純熙の控訴趣意第一点(理由不備)第三点並びに第四点(審理不尽及び事実誤認)について、

しかし、原判決に挙示する証拠に徴すると、原判示事実は、被告人が自動車運転の業務に従事していたとの点及び本件事故が被告人の業務上の過失に基因するとの点を除き、その余はすべてこれを認定するに充分であり、所論は本件自動車の後方荷台に川本和男が乗車したのは、被告人において乗車せしめたものでないというにあるが、同人が進行中の自動車に便乗すべく合図したので、同人の従兄川本新吾において、被告人に同人の同乗方を依頼したため、被告人はこれを承諾し、停車の上、同人を乗車せしめたことが記録上明かであるから、被告人に川本和男を乗車せしめたことの責任を否定するに由ない。また所論によれば、本件衝突については、被告人ばかりでなく、列車の機関士により以上の過失があつたのであるから、被告人にのみこれによる責任を負わしめるべきでないと主張するにあるけれども、本件事故発生の経緯は後段説示のとおりであつて、道路を通行する本件自動三輪車こそ、専用の鉄道上を定時に進行するより高速度の列車の通行を妨害しないよう万全の措置を購ずべき筋合のものであるから、被告人に過失があることは優にこれを認め得られるのみか、列車の機関士は踏切に近づくや警笛を吹鳴し、被告人の運転する自動車が踏切のために設置された警報器附近で停車せず、これを通過する気配を察知して、直ちに急停車の措置をとつたことが明らかであるから、列車の機関士に過失のあつたものとは容易に断じ難い。そして被告人に過失の存する限り、列車の機関士の過失の有無を問わず、被告人は本件事故による責任を免れ得ないことは言を俟たないから右所論も当らず、原判決には所論のように、理由不備、又は審理不尽乃至事実誤認の違法があるということはできない。論旨はいづれも採用の限りでない。

弁護人桑原純熙の控訴趣意第二点(理由不備)、及び弁護人堤牧太の控訴趣意第一点(事実誤認)、第二点(理由不備、事実誤認、法令適用の誤)、第三点(審理不尽、理由不備)について、

刑法第二百十一条にいう業務とは、各人の社会生活上の地位に基づいて、継続的に従事する事務であつて、人の生命、身体に対する危険を伴うものを指称し、その事務について法規上官庁の免許を必要とする場合にも、免許の有無は問うところでないから、その性質上或る程度の危険を伴う自動三輪車を運転する仕事を、社会生活上の地位に基づき継続反覆して行い、または一回でもこれを継続反覆する目的を以て行う者は、免許を有しなくとも、その運転を業務としている者に該当することは言を俟たない。ところで、本件記録及び原裁判所において取調べた証拠並びに当裁判所の事実取調の結果を綜合して考察するに被告人は自動車運転の免許をもたなかつたが、自家の農業兼薪炭の販売運搬の営業に使用し、時に他人の需により物品の運搬にも使用していた自家所有の判示自動三輪車に運転免許を有する実兄幸夫の運転助手として昭和二十九年一月頃以来乗車しており、近く自らも免許を得るべく運転の練習をしていたものであつて、兄幸夫と共に本件事故の十日位前から宮田組の需により八代市日奈久町の海岸より建地石材を二見村まで運搬する仕事を続けていたところ、たまたま本件当日兄幸夫が他出して不在のため、宮田組からの要求を断りきれず、自ら該自動車を運転して一回その運搬を了え、更に二回目の運搬をなす途上において、判示のごとく事故を惹起した事実はこれを認め得られるけれども、被告人が自動車の運転の業務に従事していたこと、換言すると、従来その社会生活上の地位に基いて該自動車の運転を反覆していたこと、または、将来これを継続して行う目的を以て判示のごとく運転をなしたことは、いづれもこれを確認し難く、ただ被告人の検察官に対する供述調書中に「兄に教つて運転を覚え、時々兄に代つて自分で運転しておりました」旨の供述はあるが、爾余の証拠に照し、右供述により直ちに被告人が該自動車の運転を業務としていたものと速断するのは早計であつて、他にこれを肯定するに足りる資料は記録上見当らない。それで被告人が自動車運転の業務に従事していたものと認めるにはその証明が不十分であるというのほかなく、原判決が判示のごとく被告人が自動車運転の業務に従事していたものとして、本件の事故をその業務上の過失に起因するものである旨の事実を認定し、刑法第二百十一条を適用処断したのは、事実の認定を誤つたか、または前示法条の解釈適用を誤つたものと認められ、その誤りは判決に影響すること明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

しかし、職権を以て按ずるに、前記各証拠に徴すると、本件事故発生現場の鉄道踏切に通ずる道路は、幅約七、七米の平担な路面で、国鉄鹿児島本線に並行し、踏切附近において、やや曲線をなしているが、鉄道との間には畑地があるのみであるので列車の進行は容易に発見し得る状況にあり、且つ該踏切には遮断機の設置はないが、警報器が設けられ、列車が踏切に到達する五百米手前より自動的に吹鳴するばかりか、同時に赤電燈二個が交互に点滅し、危険信号をなす仕掛となつており、また危険標識も設置してあること、而して当日右警報器に故障があつたことを認める資料は存しないのみか、本件自動車と衝突した列車は貨車三二輌を連結し、八代駅を発車後は、肥後高田、日奈久の各駅に停車せずして本件踏切に差蒐つたものであるが、警笛を吹鳴しつつ進行して来て、踏切に近づく頃には機関車から該自動車は目撃されているので、該自動車を運転していた被告人も右列車の進行に気付き得る状態であつたこと、本件事故の時刻は真昼間であつて、現場の見透は良好であつたこと、被告人は無免許で、自動車運転の技術について左まで確信を有しないのに、助手席に川本新吾を乗せ、石材を積載した荷台に川本和男を同乗させ、日奈久町から南進し、時速約三〇キロで進行して来て、警報器附近で前方から来る自動三輪車と摺れ違う際約二〇キロに減速したものであること、また被告人は法令上鉄道の踏切手前で、自動車は一旦停車しなければならないとされていることは充分これを熟知していたこと、がいづれも明らかである。そして、被告人は、前示のごとく前方から進行して来た自動三輪車と離合する際これに注意を奪われ、列車の進行及び警報器の吹鳴や危険信号の赤電燈の点滅に気付かず、列車の通過等に依る危険のないことを確認するため踏切で一旦停車すべきに拘らず、停車もせず漫然踏切内に進入したため、列車側の急停車の措置も効なく、これと衝突するに至り、因つて判示のごとき人の死傷並びに列車の脱線や、破損及び線路枕木の破壊や軌道の使用不能による列車の往来に危険を生ぜしめる結果を惹起した事実を認めることができる。従つて、被告人は前示のごとき諸点に気付くだけの僅かの注意を払うことにより本件事故の発生することを容易に予見し事故を未然に避止し得たに拘らず、その怠慢によりこれを予見しなかつたことが明白であるから右は被告人に重大な過失があつたものと認定せざるを得ない。

而しておよそ業務上過失致死傷と非業務重過失致死傷とはその犯罪構成要件を異にするが、業務上の過失には、業務者に単純な軽過失あるときのほか、重大な過失あるときをも包含するは言を俟たないから、業務上過失致死傷の訴因事実の過失にして重大な過失に該当する限り、前者に対する被告人の防禦は当然に後者に対するそれを包含するものということができるのみならず、元来被告人の起訴された所為を軽過失と判定するか重過失と判定するかは該所為を前提とする法律上の価値判断に属するので、訴因の変更又は追加の手続なくして、業務上過失致死傷の公訴事実を非業務重過失致死傷として認定することは許されるものと解すべきである。これを本件についてみるに、起訴状に記載の業務上過失致死傷の事実のうち、その業務上の過失は判示のとおりであつて、まさに重大な過失に該当するので、前に説示したところにより、訴因の変更手続がなくとも、これを非業務重過失致死傷と認定することによつて、被告人の防禦に特に不利益を与えるものということはできないから、これを違法とする理由は存しない。されば、当裁判所は原判示の業務上過失致死傷の事実を非業務重過失致死傷として認定し、被告人に対し、刑法第二百十一条後段を適用処断するを相当であると認める。

そこで、爾余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条に則り、原判決を破棄した上、同法第四百条但書に則り更に裁判をすることとする。

当裁判所が原判決に挙示の証拠及び当審第一回公判調書中、被告人並びに証人丸塚幸夫の各供述により認定する事実は、原判示冒頭の「で自動車運転の業務に従事していた」との部分を削除し、且つ第二事実のうち「業務上当然の注意義務があるにもかかわらず、之を怠り、漫然同踏切内に進入した為」とあるを「当然の注意義務があり、僅かの注意を払うことにより事故を容易に防止し得たにも拘らず、これを怠り、一且停車することなく同踏切内に進入した重大な過失があつた為」と訂正するほか原判決に適示事実のとおりである。

法律に照すと、被告人の所為中、運転の資格を有しないで自動車を運転した点は道路交通取締法第七条第一項、第二号、第九条、第二十八条第一号に、法定の除外事由なくして荷台に人を乗車させて運転した点は同法施行令第三十八条第二項、第七十二条第一号に、各重過失致死傷の点はいずれも刑法第二百十一条後段に、過失により汽車の往来の危険を生ぜしめた点は同法第百二十九条第一項にそれぞれ該当(そのほか罰金等臨時措置法第二条及び第三条)するところ、無資格運転と荷台に乗車させて運転した点は一個の所為で二個の罪名に触れる場合であり重大な過失致死、同致傷、及び往来の危険を生じた点はいづれも一個の所為で三個の罪名に触れる場合であるので、各刑法第五十四条第一項前段、第十条を適用し、前者については重い無資格運転の罪の刑に従い、所定刑中懲役刑を選択し、後者については重い川本和男を死に致した罪の刑に従つて処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条、第十条を適用し、重い重過失致死傷の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内で処断すべきところ、被告人は少年であるから少年法第五十二条第一項に則り、主文のとおり不定期に処することとし、原審において国選弁護人に支給した訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い、被告人をして負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

弁護人堤牧太の控訴趣意

第一点原判決は事実誤認の違法があります、即ち原判決はその理由として、(事実)被告人は二十年に満たない少年で法令に定められた運転資格を持たないで自動車運転の業務に従事していたものであるが、第一、昭和二十九年十二月二十七日午後〇時二十分頃荷物自動三輪車熊第六-九五一号を運転し、助手席には川本新吾(二十年)を乗せ、法定の除外事由なく後方には川本和男(十三年)を同乗させて八代市日奈久町から芦北郡二見村方面に向つて日奈久国道を進行し、第二、同時同所に於て前記自動三輪車を毎時三十粁位の速度を以て運転し国鉄月奈久駅と肥後二見駅間の馬越踏切りに差蒐つたが、かかる際には運転者としては同踏切には遮断機の設備も、又番人も常置して無いのであるから踏切前で一且停車し列車通過の有無を確認の上、列車の通過等に依る危険のないことを確認した上にて進行すべき業務上当然の注意義務があるに拘らず、之を怠り、漫然同踏切内に進入した為その瞬間同所に進行して来た下り第一一九三号貨物列車機関車に衝突し、因つて同乗の前記川本和男を頭蓋内出血の傷害を被らしめて翌二十八日午前九時二十分日奈久町大田黒病院に於て死亡するに至らしめ、同時川本新吾に治療十五日間を要する右前額部裂創、右後頭部裂創、全身打撲傷の傷害を被らしめ、更らに同衝突事故に因り前記列車機関車の前輪を脱線せしめ、同機関車の右空気弁室蓋等約十五ケ所の破損及び同所線路枕木百二十本位その他を破壊して同所附近の軌道を約一時間に亘り使用不能ならしめて、列車の往来に危険を生ぜしめたものである。と認定しております。而して、判示事故が被告人の過失に因りて生じた事実は被告人が自認するところでありまして、之に因て二人の判示青少年を死傷に陥らしめたことは洵に申訳なく、陳謝の辞もなく恐縮して居るのでありますが、本件判示事故発生の際は被告人は自動三輪車運転の業務に従事して居たものではありませぬから判示過失は被告人の業務上発生したものではありませぬ。

(一) 原審第一回の公判調書の記載に依れば被告事件に対する陳述の項に、被告人 事実はその通り間違いありません 弁護人 別に陳述することはない とありますが被告人の右供述は被告人に於て検察官の起訴状による陳述中の被告人の過失が業務上発生したとの事実迄包含せられ公訴事実の全般を自認して供述したものと迄は認められませぬ。同調書の最終陳述の項に於て、被告人「私は運転の業務に従事していたのではありません」と陳述して居ることが認められますので、原審第一回公判調書中被告人の陳述の全般に亘つて被告人が検察官の論告の全部を自認して供述したものではないと思われますが、前陳摘示の被告人の業務上発生したものと自認したりと認定すべき資料とはならないと信じます。

(二) 被告人は判示二見村の農家丸塚敬之(四十九才)の二男でありまして、被告人の兄幸夫(二十四才)は小学校卒業後居村二見村農業協同組合の荷物自動三輪車の助手となり居り、昭和二十五年頃荷物自動三輪車の運転手の免許を受け、八代郡西宮原町鶴山飲料工業株式会社の自動三輪車の運転手として昭和二十八年十二月迄勤務し、昭和二十九年一月中父より自動三輪車を購入して貰い、之により小運送業を営み来りしものでありまして、被告人は昭和二十七年四月熊本市の鎮西簿記学校に入り、同校を卒業して日奈久町江浦金物店の店員一ケ年許りで帰宅し、昭和二十九年一月より兄幸夫の右自動三輪車の助手となりて兄を手助けして居り、被告人も昭和三十年一月熊本市で行われる荷物自動三輪車の運転手の免許試験を受けんと思い、同年十二月二十二日居村二見村白浜病院に於て右試験のために必要な健康診断を受けて受験を準備して居たのでありますが、被告人は昭和二十九年十月頃から兄に教えられて練習し、二、三回兄に連れられて二見村小学校の運動場に於て練習して自ら運転したこともありましたところ、昭和二十九年十二月十七日兄幸夫は昭和三十年一月に車体検査があるので新車を購入すべくその早朝一番列車にて熊本市に赴き不在中でその朝九時頃二見村の土木請負業者宮田好野の長男宮田司(被告人の親交ある友人)が来り兄幸夫不在ならば同人の父請負中の二見村の林道開さく工事が休めないので君は今日日奈久町から石材を運搬して呉れと依頼しましたから被告人は兄の不在中で受験前の練習にもなるから好機なりと幸いと思い喜んで引受け、其頃被告人の友人川本新吾が負傷のために家業を休んで居ることを知つて居たので被告人は早速川本新吾方に赴き「自分に加勢して三輪車の助手を勤ゆて呉れ」と依頼したるに川本は承諾しましたから、被告人は偶父外出中不在なりしため自宅三輪車の鍵を持ち出して車を引出し同日午前九時過頃川本新吾を同車せしめて日奈久町に赴き宮田司の指示したる同町劇場裏の海岸にあつた間知石約二十五、六個位を川本と共に車に積込み、二見村の宮田の工事現場に運込み、更に川本と共に前記日奈久町の海岸に於て間知石約二十五、六個位を積込み、同日午前十一時過頃二見村に向け出発したるに、日奈久町の産交バス停留所前に差し掛りしところ、川本新吾の従弟川本和男(十三才)に合図されたりとて川本新吾は被告人に対し彼を乗せてやつて呉れと依頼したから被告人は承諾して停車し、川本和男を車内の石材の上に乗車せしめて発車しましたところ、幅約三間位の道路上判示馬越の踏切りの一寸手前で前で偶前方から自動三輪車が来たので被告人は心配し乍らよく気を付けて漸く離合し得たりと安心した瞬間、前方から列車が驀進して来たのに気付かざりし処を突然の警報のベルに驚くと同時に停車する暇も無く該自動三輪車は列車に衝突されて本件事故が発生したのでありまして、被告人も後頭部に三針縫合を要した負傷をなし、川本新吾、川本和男が入院した日奈久町大田黒病院に入院し四日間の治療を要したのであります。而して前陳当日の被告人の行動は被告人から弁護人に愬えた事実でありまして、尚被告人は判決事故発生当時前方から来た三輪車と離合する際、斯る事は始めての事にて心配して離合に精神を奪られて漸く離合し得た瞬間に於けることとて、停車する気がつかなかつたとのことであります。被告人が車を運転した事情は前叙の通りでありまして、被告人は兄から命ぜられて兄の事業を代行運転したるものではなく、兄不在のため友人の宮田司から依頼されて応じたのでありますから、宮田から賃料の約束もなかつたのでありまして此点には被告人は検察官に対しても同様に供述したのでありますが、原審第一回公判調書中には検察官の意見として、「それについて被告人は無料で運搬していたというが事実はそうでなく業務の為運搬していた事は間違いないと思われる」と陳述して居られる様でありますが、之は単に検察官の想像に出たものに過ぎないものと認められます。その他本件記録中被告人の本件運転が業務上の行為なりと認むるに足る証拠は発見されませぬから本件過失は単純過失でありますから原判決は取消して被告人の行為に対し刑法第二百十条を適用して罰金刑に処せらるべき事件なりと信じます。

第二点原判決は理由不備或は事実誤認の違法ありと信じます。即ち、原判決はその理由の擬律に於て「判示第二の業務上過失致死傷の点は各刑法第二百十一条に云々該当する云々」と説示して居りますが、右第一点所論の如く被告人の過失はその業務上に因りて生じたるものにあらずして単純過失罪なりと認定された場合は当然刑法第二百十条に依り罰金刑に処せらるべきものでありますが、原判決が刑法第二百十一条に依り禁錮刑によりて処断したる点から観れば、原判決は業務上の過失致死にあらずとしても刑法第二百十一条後段の重大なる過失により生じたるものなりと認定したるや否やは原判決の説示のみによりては不明でありますが、凡そ過失が重大なるや否やはその結果の重大なる点のみにより判定さるべきものにあらずして、その行為の動機から所為全般自体に依り評価判定して認定さるべきものと信じますが、本件被告人の所為に於ては被告人が司法警察官及検察員に対する取調べの時述べた様に、「踏切の手前に前方から来た自動三輪車と摺り違いに気をとられたため前方から来た列車が驀進するのに気付かず運転した結果でありまして、夫れは被告人が運転の不馴れと幅員約三間位の道路上に於て被告人の車と前方の車と離合するに方り無事に離合し得んがために被告人の精神力を之にのみ注ぎ込んで居たために外ならずして被告人の過失なりしは勿論なるもその結果を重視して被告人の過失を法定刑中刑法第二百十一条所定の本文の業務上過失の刑と同価値なる重大なる過失と認定することは相当でないと思われますが原判決が被告人に体刑を科したのは事実認定を誤り、従つて法律の適用を誤つたものであると思われますから、原判決は此点に於て御取消を求めます。

第三点原判決には審理不尽、理由不備の違法があります。即ち、原判決は第一点所論の如く、被告人の行為はその業務上過失に基きて発生したるものと認定して居るが、被告人は前述のように原審第一回公判の最終陳述として、私は運転の業務に従事していたのではありません、と弁疏して居るも、検察官は原審第一回公判に於て被告人は「業務の為運搬していた事は間違いないと思われる」と論じ、被告人を禁錮六ケ月以上一年以下に処すべきものと求刑して居るが、被告人の判示運搬所為が被告の業務上行つたか否かに付ては被告人の弁疏を容れるが検察官の所論の如く認めらるべきかに付ては原判決理由の証拠説明中の証拠の標目全部を検討して見ても検察官の主張事実を肯定するに足る証拠がないのに原審は此点に付て何等証拠調を尽す処なく只前示証拠の標目項に掲示記載された証拠のみによりて判示事実を認定したのは結局審理不尽にして証拠の理由不備の違法ありと認められますから原判決は此点に於て取消さるべきものと信じます。

弁護人桑原純熙の控訴趣意

被告人に対する業務上過失致死傷等事件に対し原審は被告人に対し禁錮六ケ月以上一年以下の不定期刑を言渡されたるに付これに対し控訴趣意を提出すること左の如し、一、原審の認定によれば被告人は昭和二十九年十二月二十七日午後〇時二十分頃貨物自動三輪車熊第六-九五一号を運転し助手席には川本新吾をのせ法定の除外理由なく後方の荷台には川本和男を同乗させて八代市日奈久町から芦北郡二見村方面に進行し、二、同時同所に於て前記自動三輪車を毎時三十キロ位の速度をもつて運転し国鉄日奈久駅と肥後二見駅間の馬越踏切に差かかつたが、かかる際には運転者としては同踏切前で一旦停車し列車通過の有無を確認の上列車の通過による危険のない事を確信した上で進行すべき業務上当然の義務があるにもかかわらずこれを怠り漫然と同踏切内に進入したためその進入の瞬間同所に進入して来た下り第一一九三号貨物列車機関車に衝突し因つて同乗の前記川本和男を頭蓋内出血の傷害を蒙らしめ翌二十八日午前九時二十分日奈久町大田黒病院に於て死亡するに至らしめ同川本新吾に治療十五日間を要する右前額部裂創全身打撲傷の傷害を蒙らしめ更らに同衝突事故に因り前記列車機関車の前輪を脱線せしめ同機関車の右空気弁室蓋等約十五ケ所の破損及同所線路枕木百二十本位その他を破壊して同所附近の軌道を約一時間に亘り使用不能ならしめて列車の往来に危険を生ぜしめたものであるの事実が指定されている。

此れに対し控訴趣旨第一点 原審は亡川本和男は案件の三輪車に乗車した一件を取上げて直ちに法廷の除外理由がないにもかかわらず該三輪車の荷物台に乗車せしめたりと規範的に意味付けられている。由来乗せたのか乗つたのか人の生活の場面に於てきわめて、意味不明の場合が多い、少く共法的の除外理由なく乗車せしめると言う事は此の場合被告人の為であり、被告人の意志によらなければならないのみならずそれは三輪車の業務上必要なものであると解する。唯単に通りがかりの車を呼びとめ無理に亡川本和男が乗車した一事は乗せたのでなくて該三輪車の機動力を利用し便乗したにすぎない、したがつて此の場合もつと証拠を検討しその旨の理由をはつきりしなければならない。原審の各証拠によるも直ちに被告人が法廷の除外理由なく乗車せしめとの結論はいまだもつて理由尽くさざるの違法があると思料します。

第二点原審は被告人の自動三輪車運転をその業務なりと断定されているがその業務とは一体何であろうか、無免許で自動三輪車を運転した一時は未だもつて業務と措定することは不可能であつて、業務なりと言うには原審の証拠に考え以つて論理的に判断するものと思われる、ただこれを漫然として業務なりと認定する事は理由不備の違法があると思料します。

第三点案件は所論の様に踏切に差しかかつた場合一応停車して、通行の安全を確保しなければならない事は申すまでもありませんが、然しそれだけ注意義務を求めたとしても鉄道自態は何の危険防止を施さなくてもよいとの結論を導き出す事が出来ません線路の前方に障碍物を目撃し又はそれを予見した場合は警報を発するなり或は急停車の処置を構ずべき当然の義務がある。案件の場合三輪車も汽車も同一方向より同一方向に走行しつつあつたのであり三輪車が汽車より一歩前進していたはずであるこの事実は列車の運転者にも目撃された事実であることは関係記録上明らかである列車は急停車の処置も構ぜずそのまま進行間一髪の所に於て問題の三輪車の左後部に衝突し以つて三輪車を損壊しこれをはねとばしたのである問題は被告人は列車を乗切り得ると誤信し、列車側も又踏切を無事通過し得るものと、誤信して運行を続けたる結果本件を起生せしめたのである。したがつて過失は列車、三輪車両方に於て負担するものであつて、これを単に三輪車のみに帰した責任帰属の認定に行過ぎがあり結局被告人のみの過失を責める事は出来ない。よろしく本件は左様の前提のもとに、現場を検証し、列車及三輪車の内いずれが主たる過失責任者であるかを、認定すべきものであるにもかかわらず事茲にいでざる、原審は未だもつて審理を尽さざる違法があると信じます。

第四点原審は案件の衝突事故により所論列車の汽関車の前輪を脱線せしめ同汽関車の右空気弁蓋等約十五ケ所を破損せしめ同所線路枕木百二十本を破壊し同所の線路を約一時間に亘り使用不能ならしめて列車の往来に危険を生ぜしめたものであると認定されているがこれは控訴理由第三点に述べた様に衝突したものは三輪車にあらずして汽車である此の場合所論の様な事象が起生した事を間違ないとして、衝突されはねとばされた自動三輪車にのみ刑事責任を問うべきものではない、むしろ危険性の大きい列車により以上の注意義務を要求し其の観点より結論を付くべきものであるにもかかわらず唯漫然と被告人のみの責任を追求したる原判決は不当に被告人の刑事責任を認定した違法があると思料致します。

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